人手不足や繁閑差への対応策として、多くの企業が導入を検討する「1ヶ月単位の変形労働時間制」。しかし、「シフト制と何が違うのか」「計算方法が複雑でよくわからない」「違法にならないか不安」といった声も聞かれます。
本記事では、社会保険労務士の視点から、変形労働時間制の基本から実務でつまずきやすいポイント、シフト表の具体的な作り方、エクセル管理の限界までを網羅的に解説します。制度を正しく理解し、労務リスクを回避しながら効果的に運用するための実践的な内容です。
涌井 好文(社会保険労務士)
涌井社会保険労務士事務所 代表
平成26年より神奈川県で社会保険労務士として開業登録を行い、以後地域における企業の人事労務や給与計算のアドバイザーとして活動を行う。また、社労士としての経験や労働安全衛生法の知識を基に、職場における安全についても、周知・啓発を行い、働きやすく安全な職場環境の整備に努めている。
変形労働時間制とは、労働時間を週・月・年などの一定期間で区切り、その期間を平均して1週間あたり40時間以内に収まっていれば、特定の日や週において法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超える勤務を可能とする制度です。
時期によって業務量に大きな波がある現場では、適切な人員配置と人件費の抑制を両立させることが経営上の大きな課題となっています。この制度を正しく導入すれば、繁忙期に労働時間を長く設定する代わりに、閑散期の時間を短縮し、割増賃金(残業代)の負担を軽減することが可能になります。
ここで押さえておきたいのは、「割増賃金が不要になる制度」ではなく、あくまで時間配分を柔軟にする制度である点です。無制限に長時間労働をさせて良いわけではなく、事前の取り決めと適切な労務管理が不可欠となります。
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1ヶ月単位の変形労働時間制とは、労働基準法第32条の2に基づき、1ヶ月以内の期間で労働時間を平均し、その結果が週40時間以内に収まっていれば特定の日に1日8時間を超えて勤務できる制度です。
日々の業務量に繁閑差がある事業所において、繁忙期は長時間勤務、閑散期は短時間勤務など労働時間を合理的に配分できる点がメリットです。
ただし、勤務日および勤務時間は変形期間の開始前に確定させ、従業員へ周知する必要があります。業務の都合を理由に、後から勤務時間を変更する運用は原則として認められていません。
また、月の法定総労働時間の計算や割増賃金の取り扱いを誤ると、制度が無効となるおそれがあります。導入後も継続的に労働時間管理を行い、法令遵守を前提に運用していきましょう。
1ヶ月単位の変形労働時間制を運用する際、実務者が最も注意すべきは「対象期間における法定労働時間の総枠」です。この上限を超えてシフトを組むことはできません。労働時間の計算式は以下の通りです。
40時間 ×(対象期間の暦日数 ÷ 7)=上限時間
40時間 × 28日 ÷ 7 = 160.0時間
40時間 × 29日 ÷ 7 = 165.7時間
40時間 × 30日 ÷ 7 = 171.4時間
40時間 × 31日 ÷ 7 = 177.1時間
1ヶ月の間にこれらを超えた労働時間が発生した場合は、割増賃金(残業代)の支払い義務が生じます。
変形労働時間制は、就業規則や労使協定において対象労働者の範囲や変形期間、起算日などを具体的に定め、労働基準監督署への届出を行って運用される制度です。
原則として18歳未満の年少者への適用は認められておらず、妊産婦からも請求があった場合、法定の制限を超える労働をさせることはできません。さらに、育児や介護を行っている従業員に対しても、家族との時間を確保できるよう配慮しなければなりません。
もし、これらの基本的なルールを軽視した結果、長時間労働や未払い残業が発生すれば違法とみなされ、ブラック企業と評価されるリスクが高まります。制度の柔軟性だけに頼らず、法令遵守を前提とした運用が不可欠です。
変形労働時間制において、シフト表の作成と周知は対象期間が始まる前までに行います。
期間中のすべての労働日と労働時間を具体的に確定させ、従業員に周知する義務があり「後出し」は原則として許されません。
さらに重要なのは、「一度特定した労働日や労働時間を、会社側が勝手に変更することはできない」という点です。例えば「明日急に暇になったから、10時間勤務の予定を6時間に変更して別の日に回す」といった変更は認められません。
もし途中で労働時間を延長した場合は、あらかじめ決めていた時間を超えた分について超過した時間に応じた賃金の支払いが必要になります。
「変形労働時間制」と「シフト制」は同じ意味で使われがちですが、実際には概念が異なります。
違いを正しく理解せずに併用すると、残業代の未払いなどの法令違反につながるおそれがあるので注意しましょう。
変形労働時間制は、労働基準法に基づくもので、一定期間における労働時間を平均し法定労働時間の枠内で労働時間を配分できるようにする「労働時間の算定に関する制度」です。
一方シフト制は、誰をどの日・どの時間帯に勤務させるかを決める勤務割り当ての方法にすぎません。そのため、シフト制を採用しているだけでは、1日8時間・週40時間という法定労働時間の例外は認められず、これを超えた労働は通常どおり時間外労働として扱われます。
時間外労働や休日労働が発生する職場では、36協定を締結しておくことが大前提です。
36協定とは、労働基準法第36条に基づき、就業規則への明記に加え、対象となる労働者の範囲、変形期間、各日の始業・終業時刻などを詳細に定めた労使間の合意文書のようなものです。
変形労働時間制とシフト制を併用することは可能ですが、併用により残業代の計算が複雑になり、日・週・月の順序で時間外労働を確認しないと過重労働や未払い残業代が発生しやすくなります。
特に月合計だけで判断してしまうと、時間外労働や深夜労働、休日労働による割増賃金の処理漏れにつながり、労働基準法違反として刑事罰や労基署の指導対象となる可能性が高まります。
また、変形労働時間制でのシフト変更は基本的にできません。やむを得ない事情がある場合は従業員の理解を得たうえでシフト変更を行うこともできますが、労働者の不利益とならないように配慮することが大切です。
変形労働時間制に関する制度要件とシフト制の運用ルールを正確に区別し、計算順序を守りましょう。
「変則勤務」や「変則シフト」といった言葉は、法律で定義された用語ではありません。
一般的には、勤務時間や勤務日が日によって異なり、不規則に設定されている状態を指す現場用語として使われています。そのため、「変則勤務=変形労働時間制」と誤解されがちですが、両者はまったく別の概念です。
変則的なシフトを組んでいたとしても、労働基準法に基づく変形労働時間制を正式に導入していなければ、法定労働時間の例外は認められません。変則勤務や変則シフトという呼び方だけで判断せず、どの制度に基づく運用なのかを正しく整理することが重要です。
実務で失敗しないための、具体的なシフト作成手順を解説します。
まず、対象期間(1ヶ月など)の暦日数から、前述した「法定労働時間の総枠(上限)」を確認します(例:31日の月なら177.1時間)。ここを間違えると、最初から違法なシフトが出来上がってしまいます。
業務の繁閑に合わせ、「A:8時〜17時(8時間)」「B:8時〜19時(10時間)」「C:10:00〜17:00(6時間)」といった複数の勤務パターンを作成します。
売上予測や来客数に合わせて、忙しい日にはパターンB、暇な日にはパターンCといった形でスタッフを配置します。
個別の従業員ごとに、期間中の合計労働時間がステップ1で出した総枠内に収まっているか、週平均が40時間以内かを確認します。
エクセルで勤怠管理表を作成する際は、まず時間の扱い方(シリアル値)を理解することが重要です。
エクセルでは、1日(24時間)を「1」として数値を管理しています。12時は「0.5」、18時は「0.75」という数値として扱われます。これを理解していないと時間計算で思わぬ誤差が出ることがあるのです。基本的な計算式は、次の通りです。
1日の実働時間 = 退勤時刻 - 出勤時刻 - 休憩時間
エクセルで正しく計算させるためには、時間データを入力後にセルの書式設定で「時間」形式または合計時間用の「[h]:mm」形式に変更することが大切です。こうしないと、24時間を超えた合計が表示できなかったり、時間が0に戻ったりすることがあります。
夜勤などで退勤時刻が翌日になる場合は、単純な引き算では正しく計算できません。その場合は `IF` 関数を使い、退勤時刻が出勤時刻より小さい(翌日)ケースに対応する式を入れます。例えば次のように設定します。
退勤時刻 − 出勤時刻 − 休憩 + IF(退勤時刻 < 出勤時刻, 1, 0)
また勤務時間を15分単位で集計したい場合は、`CEILING`(切り上げ)や `FLOOR`(切り捨て)関数を使うと便利です。
関連記事:【テンプレート無料提供】エクセルで作るシフト表、タイムスケジュール表のコツを紹介!
変形労働時間制を導入している会社でシフト管理を行う際は、法令に従った労働環境を提供する必要があります。
前述したように、法令を軽視すると労働者への負担が大きくなるケースが発生し、ブラック企業とみなされイメージの悪化や多額の損害賠償請求へ発展する可能性も否定できません。
変形労働時間制であっても、総枠を超えて働かせる場合や、法定休日に出勤させる場合は36協定の締結と届出が必要です。また、週平均の労働時間が極端に長いシフトを組むと、たとえ36協定があっても安全配慮義務違反を問われる可能性があります。
就業規則に制度の内容を明記していなかったり、シフトを事前に周知していなかったりする場合、変形労働時間制そのものが「無効」とみなされます。その場合、過去に遡って未払い残業代の支払いを命じられるリスクがあり、経営に甚大な影響を及ぼします。
変形労働時間制のシフト管理を手作業やエクセルで行う方法は、制度の理解や計算が複雑なうえ、担当者の負担も大きく属人的な運用になりやすい点が課題です。
エクセルによる管理は一見便利に見えますが、数式の設定ミスや入力漏れによって計算エラーが生じやすい点が懸念されます。
また、変形労働時間制に特有の、日・週・月の順で行う残業代計算をすべて正確に処理するのは容易ではありません。さらに、法改正や36協定の内容変更があった場合、その都度シートを修正する必要があり、法令漏れが発生するリスクも高まります。
AIシフト作成ツール「勤務シフト作成お助けマン」を活用すれば、法定労働時間の総枠や36協定の上限、勤務間インターバルなど、労働基準法上の制限をあらかじめ反映したシフトを自動で作成できます。
変形労働時間制に特有の複雑な条件もシステム上でチェックされるため、担当者の知識や経験に左右されにくい点が大きなメリットです。
人為的な計算ミスや確認漏れを防ぎながら、シフト作成にかかる時間を大幅に短縮でき、管理者は勤怠修正やトラブル対応に追われることなく本来注力すべきマネジメント業務や現場改善に集中しやすくなります。
法令遵守と業務効率化を同時に実現する手段として、社労士の立場から見ても、シフト管理の属人化を防ぐ有効な選択肢といえるでしょう。
1ヶ月単位の変形労働時間制は、正しく使えば「人件費の最適化」と「柔軟な働き方」を同時に実現できる優れた制度です。
しかし、そのためには緻密な計算と事前の周知を怠ってはなりません。
手作業によるミスのリスクを避け、デジタルツールの力を借りて正確かつスピーディーに運用し、法令を遵守することが健全な労務管理と企業の成長への最短ルートといえるでしょう。